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甘くない血液

血液中のぶどう糖の量は?

 糖尿病ではない健康な人の血液中のぶどう糖の濃度(血糖値)は70~140㎎/dlという極めて狭い範囲に入るようにコントロールされています。

 体重60kgの健康人の、ある時間の血糖値が100㎎/dlとします。その人の全血液中のぶどう糖の量は次のうちでどれでしょうか?

 ① 5g ②50g ③100g ④500g

 身体全体の血管内にある血液量を循環血液量(以下、血液量)といいます。人の血液量は体重の1/13(男性:約8%、女性:約7%)とされます。体重60kgの人(男性)の場合は4.8㍑(約5㍑)の血液量となります。

 血糖値100㎎/dlとは血液1dl(1デシリットル、100ml)中に100㎎のぶどう糖が含まれていることを意味します。別の表現をすると、血液中のぶどう糖の濃度は0.1%ということになります。

 1dl=100ml=0.1㍑です。1㍑(1000ml)では、その10倍の1000㎎(=1g)、5㍑では50倍の5gが含まれています。


 すなわち、体重60kgで血糖値100㎎/dlの人の全血液中には、ぶどう糖が約5含まれていることになります。

100循環血液量.png












スポーツ飲料と比較すると

 代表的なスポーツ飲料のポカリスエットでは1㍑中67g、アクエリアスでは1㍑中46g、ダカラでは1㍑中47gの糖分※1が含まれています。すなわち、血液中のぶどう糖の50位の糖分※1が含まれています。逆にいうと、血液中のぶどう糖の量はこれらのスポーツ飲料の1/50位しかないことになります。

ぶどう糖100㎎/dlの砂糖水(ぶどう糖水)の味は?

 100㎎/dlのぶどう糖とは1dl(100ml)に100㎎のぶどう糖が含まれていることを意味します。1㍑では1000㎎、すなわち1gのぶどう糖が含まれています。

 一般の方にはぶどう糖は手に入りにくいので、砂糖(ショ糖)※2で代用してみましょう。1㍑の水に1gの砂糖を入れて、その味をみてください。一本3gのスティックシュガーなら3㍑、5gのスティックシュガー^なら5㍑です。血糖値200㎎/dl
では水1㍑に2gの砂糖になります。

 どんな味がしましたか? ほとんど味がしなかったのではないでしょうか。念のため、ぶどう糖は砂糖(ショ糖)の60~70%の甘味です。

110ぶどう糖の甘味は.png













ぶどう糖は身体のガソリン

 食物から摂られた炭水化物(糖質 + 食物繊維)は、糖質からぶどう糖などの単糖類に分解(消化)され、小腸から吸収され血液中に運ばれます。ぶどう糖の約60%は肝臓に取り込まれ、主にグリコーゲンとして貯蔵されます。残りのぶどう糖は(25%)や筋肉(10%)、脂肪組織(5%)などに取り込まれます。

 脳はぶどう糖をそのままエネルギーとして利用します。グリコーゲンや脂肪に変換されることはありません。ぶどう糖は脳にとって極めて大切なエネルギー源です。もし、何らかの原因でぶどう糖が不足(低血糖)した場合、脳の働きは低下したり、それが重症の場合はさらに障害を受けたりします。
 
 ただし、脳はぶどう糖が不足した場合、中性脂肪が分解されてできた脂肪酸から作られたケトン体※3を利用することができます。肝臓筋肉に貯蔵されたグリコーゲンはぶどう糖に変換されエネルギー源として利用されます。脂肪組織に貯蔵された中性脂肪は脂肪酸とグリセリンに分解され、脂肪酸は肝臓でケトン体に変換され、赤血球以外の全身の臓器・組織でエネルギー源として利用されます。(詳しくは別の機会で)

フルマラソンで〇kg痩せる?

 体重60kgの人が42.195kmのフルマラソンを行ったとします。その人は何キロ痩せることができるでしょうか? ただし、発汗による水分量減少は除いた体重減少のみとします。

①350g ②1kg ③1.5kg ④3.5kg

ランニングやマラソンで消費するカロリー(エネルギー)は大雑把には次の式で求めることができます。

 体重(Kg)×距離(Km)=消費カロリー

    • 走る速さ(または時間)とは関係がありません。
    • たとえば、体重60Kgの人が10km走ると、消費カロリーは60×10=600kcalとなります。
    • フルマラソ42.195kmでは60×42.195=2531.7kcaとなります。
    • この2500kcalは、成人男性の一日あたりのエネルギー所要量に相当します。

ランニングやマラソンでのエネルギー源は、ぶどう糖はごくわずかです。また、その直接的な貯蔵源のグリコーゲンも多くはなく、ほとんどは脂肪が利用されます。

1Kgの体脂肪を落とすのに必要なエネルギーの消費量は以下のようになります。

    • 体脂肪1Kg=脂肪800g + 水分200g(体脂肪には約20%の水分が含まれている)
    • 脂肪1g当たりのカロリー:9kcal/g
    • 脂肪800g=800(g)×9(Kcal/g)=7200kcal
    • 7200kcal ⇒ 体脂肪1kg(脂肪800g)のエネルギーに相当

したがって、2500kca l⇒ 2500÷7200=0.347kg(350g)の体脂肪のエネルギーに相当。

逆にいうと、私たちは体脂肪350でフルマラソン42.195kmを走ることができます。

120ぶどう糖はタラダのガソリン.png














自動車と人の燃費

 燃費のよいガソリン車の一つにアルトがあります。カタログ上の燃費は24.0km/L※4です。自動車の場合は慣性という力を利用することができるため、このような燃費を稼ぐことができます。もし、10mや100mごとに「ストップ&ゴー」を繰り返した場合、燃費は一体どのようになるでしょうか?

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 人の場合は自動車のように慣性を利用することはできません。「ストップ&ゴー」の連続です。それでも体脂肪350gで42.195kmを走ることができるのは、人のエンジンがいかに高性能高燃費であるかの証ではないでしょうか。

ハイブリッド車

 最近、そして未来の自動車のエンジンの動力源には、単一ではガソリン、軽油(ディーゼル)、LPG、天然ガス、バイオ燃料、電気(EV)、水素(FCV)などがあります。ハイブリッドはガソリンや電気を組み合わせたもので、HV(Hybrid Vehicle)やPHEV(Plug in-Hybrid Vehicle)などがあります。

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人のエンジンは超高性能のハイブリッド仕様

 自動車のガソリンの満タン量は軽自動車で30~35L、普通車で45~50Lです。およそ500km走行できる量に設定されているそうです。人の場合は100キロマラソンとか24時間マラソンとかがあります。しかし、これは非日常的な世界です。ましてや、連続して500kmも歩いたり走ったりすることはありません。理論上では、体重60kgの人なら体脂肪1kg(脂肪800g)で120km歩いたり走ったりすることができます。

 人のエネルギー源として、ぶどう糖はガソリンに例えることができます。直接利用できます。グリコーゲンはすぐにぶどう糖に変換できる貯蔵燃料です。脂肪は脂肪酸とグリセリンからできており、脂肪酸は肝臓でケトン体に変換され赤血球以外の臓器・組織のエネルギー源となります。最近話題の低糖質ダイエットは、そのケトン体をエネルギー源として利用します。たんぱく質はアミノ酸に分解(代謝)されエネルギー源になるかぶどう糖に変換され(糖新生※4)利用されます。

 自動車の場合の動力源はガソリン、軽油(ディーゼル)、LPG、天然ガス、バイオ燃料、電気、水素です。ハイブリッドではそのガソリンと電気を組み合わせたものです。

 人の場合は炭水化物、脂肪、たんぱく質です。それらのエネルギー源の選択や利用方法(燃焼方法)を、その時の状況や臓器により、合目的で最も効率のよい方法を判断・選択し自動的に切り替えています。まさに、超高性能ハイブリッドシステムといえるでしょう。

 例えば、はぶどう糖とケトン体をエネルギー源にしています。ぶどう糖とケトン体は血液脳関門(BBB)を通過できますが、脂肪は通過できません。また、限られた神経細胞の周りにあるごく少量のグリコーゲンを除けば、肝臓や筋肉のように大量のグリコーゲンを保存エネルギー源としては貯蔵できません。脂肪も貯蔵エネルギー源としては存在しません。

 もし、神経細胞の周りにグリコーゲンや脂肪が大量にあったらどうなるでしょうか? それらは神経細胞やシステムにとってゴミ以外の何物でもないかもしれません。コンピュータより遥かに精巧なシステムは障害を受けるでしょう。アルツハイマー型認知症はβアミロイド蛋白が大脳皮質の神経細胞の周りに沈着して起こる病気です。

 赤血球はエネルギー源として、ぶどう糖以外の物質は受け付けません。さらに、嫌気性代謝により活動をしています。嫌気性代謝は酸素(O2)を必要としません。いわば、無酸素状態で活動できる訳です。もし、赤血球が酸素を必要とする好気性代謝をしていたら...。どうなるのでしょう? 

 酸素を必要としヘモグロビンがその運搬役であるすべての動物は生存することはできないでしょう。赤血球はヘモグロビン(血色素)により身体の隅々まで酸素を運びます。赤血球が好気的代謝をしていたら、赤血球自身が酸素を消費してしまい酸素の運搬役ができなくなってしまうからです。

人のガソリン(ぶどう糖)はスポーツ飲料の1/50の濃度

 さらに驚くべきことがあります。前述のように、健康な人の血糖値は70~140mg/dlの間にあります。その中間ともいえる血糖値100mg/dlのぶどう糖濃度はスポーツ飲料の糖分の1/50です。人のガソリンともいえるぶどう糖が、このように薄くて大丈夫なのでしょうか? 

 大丈夫です。ぶどう糖をエネルギー源とする全ての細胞の表面(細胞膜)には、ぶどう糖を効率よく取り込むことができる糖輸送体(GLUT)があります。そして、肝臓・筋肉・脂肪組織では、その糖輸送体の交通整理役のインスリンもあります。(詳しくは別の機会に)。

 逆の見方をしてみましょう。高濃度のぶどう糖は人体(臓器、組織、細胞)にとってなのです。それを糖毒性といいます。糖尿病とは「インスリンの作用不足による慢性の高血糖状態でおこる代謝性疾患」です。100㎎/dlの倍の200㎎/dlの高血糖でも、それが慢性的に続くと、やがて糖尿病特有の変化が出現してきます。

 私たちは70~140㎎/dlでも最高の力を発揮する素晴らしいエンジン・システムを持っています。糖尿病に「ならない」「悪化させない」ためには、このエンジン・システムを信頼し、必要以上に血糖値を上げないようにすることが必要なようです。

 
注解

※1)糖分:ぶどう糖や果糖などの単糖と砂糖(ショ糖)などの合わさった成分、いわゆる甘味のこと。栄養学的な用語ではない。

※2)砂糖(ショ糖):ぶどう糖と果糖でできた2糖類。

※3)ケトン体:脂肪の構成成分は脂肪酸とグリセリン。脂肪酸をもとに肝臓で作られる。脂肪酸は脂溶性物質のため血液脳関門(BBB)を通過できないが、ケトン体は水溶性物質のため通過できる。赤血球以外の臓器でエネルギー源として利用されている。

※4)ススキ・アルト:一時期燃費計測の不正で問題になった。国土交通省の基準に従って確認試験を行ったところ、逆にカタログ燃費値を上回る燃費となった。

※5)糖新生:脂質やたんぱく質など糖質以外の物質からぶどう糖が合成される代謝経路。主に肝臓や腎臓で行われる。

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