院長の独り言

ホーム > 院長の独り言 > 2014年 > コレステロール論争

コレステロール論争

2014年12月

コレステロールは高めがよい?
論争.png

ー 疑惑と論争 ー

コレステロールが低いと
「早死にする」
「がんになりやすい」

 

 少し前の話です。脂質異常症(以前は「高脂血症」と呼ばれていた)に関して日本脂質介入試験 Japan Lipid Intervention Trial(J-LIT)と呼ばれる大規模臨床試験が行われました。

 この試験はコレステロール値が高い(脂質異常症)日本人約5万人を対象とした前向きの介入臨床研究です。コレステロール値が220㎎/dl以上で35~75歳の男性と更年期以降で70歳以下の女性にシンバスタチンというコレステロールを下げる薬(スタチン系薬剤)を使って、コレステロール低下療法が冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞などの心臓病)を予防する効果があるかどうか調べました。

 試験は1992年から1999年までの6年間にわたっています。登録時、1年後、3年後、6年後の4回、コレステロールなどの脂質検査と全死亡率、冠動脈疾患の発症、心臓突然死の発症率などが調査されました。


 その結果は2000年12月に発表されています。総コレステロール(TC)値が240㎎/dl、特に悪玉コレステロール(LDL-C)値が160㎎/dl以上、善玉コレステロール(HDL-C)値が40㎎/dl未満で心筋梗塞や心臓突然死の危険性が増すことが示されています。

 しかし、逆に総コレステロール(TC)値が180㎎/dl未満、LDL-C値が80㎎/dl未満のグループでも死亡率が高くなるという現象(Jカーブ現象)がみられました。特にLDL-Cが80未満の低下例では悪性疾患(がん)による死亡が高くなっていました。

J-LIT試験の結論

 ただし、J-LITは単にコレステロール値と死亡率の関係を見たものだけはありません。血圧、血糖値、肥満度などを合わせて検討しています。

 それらを総合した結果、コレステロールが一定以上高い人は食事療法、運動療法、薬物療法を使って適切なコレステロール値まで下げた方がよいという結論でした。

① TC値220㎎/dl以上は高脂血症(脂質異常症)と診断する。

② 1次予防(*)としてはTC値240㎎/dl以下、LDL-C値は160㎎/dl以下、HDL-C値は40㎎/dl以上を治療の目標とする。

③ 2次予防(**)ではLDL-C値が120mg/dl以下、HDL-C値が40mg/dl以上を治療の目標とする。

 

*) 1次予防:いままで狭心症や心筋梗塞になったことのない人が、そうならない様に予防すること。

**) 2次予防:すでに狭心症や心筋梗塞になったことがある人の再発を防止すること。

大変なことになりました!

コレステロール値.png

 以前から、コレステロールが低いと「早死にする」とか「がんになりやすい」という疑惑と論争がありました。 

 それらを主張するグループは、この試験結果のうち右の図を持ち出すことが多い様です。この図では、コレステロール値が220~240の間にあるグループの死亡率が最も低く、それより高くても低くても死亡率は上昇しています。

 J-LITの結果は、図らずもそれらを支持するものになってしましました。また、その疑惑と論争に火をつけることにもなりました。

J-LIT試験の欠点(問題点)

 しかし、この試験には2つの大きな問題があります。一つは解釈をめぐる問題、二つ目は試験方法の問題です。

①  コレステロールが低くなるグループの問題点

 まず、一つ目の問題です。この試験では試験開始時に悪性疾患(がん)のある患者は除外されています。しかし、本当に除外されていたのでしょうか?


 試験開始時に「明らかながんはなかった」というだけで「本当にがんがなかったか」に関しては詳細には調べてはいません。開始時に「明らかながんはなかった」というだけで「比較的小さながん」があったかもしれません。また、「近い将来命にかかわるようながん」が潜んでいたかもしれません。この様な事を研究の開始時に詳細に調べることは実際問題として不可能なことです。


 もし、研究開始時にそのような「がん」があったとします。それらは急速に進行するかも知れません。その結果、栄養状態が悪くなり「コレステロール値が低くなった」可能性は十分にあります。


 すなわち、「がんになった」からコレステロール値が低くなったかも知れないのです。少なくとも、コレステロールが「低い」またはコレステロールを「下げた」から「がん」になったどうかは不明です。

 
 また、がん以外にも重大な病気になると栄養状態が悪くなりコレステロール値は下がることがあります。その代表例は肝硬変です。肝硬変になると栄養状態は悪くなりコレステロール値は下がります。また、肝硬変からは肝臓がん(肝細胞がん)が出来やすいということはよく知られた事実です。これを交絡因子といいます(後述)。


 さらに、別の疑問も浮かびます。例えコレステロールを下げる薬(スタチン系薬剤)の「副作用」でがんが発生または進行を加速させたとしても、わずか6年間でそのような影響がでるのでしょうか?


 現在、誰もが認める「最大・最強の発がん物質、たばこにしても、その悪い影響が出るのは「たばこを吸い続けて20~30年かかる」といわれています。


 さらに、最近の信頼のおける臨床研究では、試験が開始されて短期間(通常は2~3年)にがんや別の病気で亡くなった人の場合、その試験の対象から除外されます。もともと、その病気をもっていた可能性を否定できないためです。

②  比較対照群がない

 次に、二つ目の問題です。こちらの方がより深刻で根本的な問題です。

 通常、介入試験というものは、ある治療(介入)を「受けたグループ(介入群)」と「受けなかったグループ(非介入群)」を比較するものです。これを臨床比較試験といいます。その2つのグループを比べないとその治療が「良かった」のかどうは分かりません。


 この試験ではコレステロール値が高く「薬物療法を受けた群(介入群)」しか対象となっていません。コレステロール値は高かったが「薬物療法を受けなかった群(非介入群)」は設定されていません。


 したがって、J-LITでは「治療を受けなかった群」の死亡率の評価にあたっては次の方法をとっています。日本人の人口動態統計をもとに、この試験対象群と性と年齢を調整して日本人一般の各原因による予測死亡率を算出。これをJ-LITの結果と比較しています。

 その結果、日本人一般における悪性疾患(がん)による予測死亡率は1年間で千人当たり2.66でした。一方、J-LITでは千人あたり1.01で、一般日本人より低いことが示されています。すなわち、日本人一般はJ-LIT試験対象者の2.6のがん死亡率であったことになります。

 すると、次のような主張も成り立つかも知れません。スタチン系薬剤服用者のがん死亡率は日本人一般の39%であった。すなわち、スタチン系薬剤のがん抑制効果は61%であった。その効果はコレステロール値が220~240の間で最大で、下がり過ぎるとその効果は減弱した。

 さすがに、J-LITや関連の深い日本動脈硬化学会ではその様なことは一言も言っていません

バイアス(bias)

 バイアス(bias)とは「斜め」または「偏り」や「歪み」を意味します。転じて「偏見」「先入観」という意味で統計学ではよく使用されます。

 J-LITは日本人を対象にしたコレステロール低下薬の効果をみる我国初の大規模臨床試験でした。しかし、残念なことに前述の如くの欠点がありました。故に、次の様なバイアスがありました。

メディア・バイアスと評価者バイアス

 J-LIT試験はその欠点が故に、コレステロールが低いと「早死にする」「がんになりやすい」という疑惑を招いてしまったかも知れません。


 しかし、そのことを主張するグループにとっては好都合のデータでした。従って、彼らは「J-LITは欠点のある試験だ」とは決して言いません。何故なら、そうすることは彼らにとって好都合の結果も否定することになるからです。もし、J-LIT試験で彼らが望まない結果が出たら(スタチンの有用性が証明されたら)、おそらくその試験方法そのものの欠点を指摘し、これは「信用できない研究」だと主張するでしょう。

 
 彼らは自分たちが期待するものとは逆の結果を示す研究は、無視するか研究方法の欠点・弱点を探します。そして、欠点・弱点がなければその研究を無視し、あればその結果を否定しようとします。


 自分たちにとって都合のよいことだけを取り上げることをメディア・バイアスとか評価者バイアスといいます。

交絡因子

 交絡因子も主要なバイアスの一つです。交絡因子とは何でしょうか?


 分かりやすい例をあげてみます。「コーヒーを飲む人は肺がんになりやすい」という話があります。実は「コーヒーを飲む人は、飲みながらタバコを吸う人が多かっただけ」の話でした。


 すなわち、「コーヒー好きだから肺がんになった」ではなく「コーヒー好きの人は喫煙率が高く、肺がんの発生率が高かった」と言うだけの話でした。コーヒーと肺がんの関係を「交絡」、コーヒー好きは肺がんが多いという関係を「交絡因子」といいます(左下図)。


 これを前述の「コレステロールが低いと肝がんになりやすい」に置き換えてみます。コーヒーをコレステロール低値、喫煙を肝硬変、肺がんを肝細胞がんに置き換えます。肝硬変になるとコレステロール値は下がります。また、肝硬変では肝がん(肝細胞がん)の発生率は高くなります。すなわち、コレステロールが低いことが肝がんの原因ではなく、肝硬変になった肝臓はがんを発生しやすくなるということです。一見するとコレステロール低値は肝がんの原因と間違えてしまいそうです(右下図)。

交絡因子10.png










無作為試験、盲検試験

 交絡因子というバイアスを避けるにはどうすればよいのでしょうか? すでに説明した治療群(介入群)と非治療群(非介入群)の2つの群に分け比較することです。それを比較介入試験といいます。

 さらに、「治療を受けるかどうか」「治療をするかどうか」を患者さんや医師の決定ではなく、「くじ引き」で決めます。これを「無作為」試験といいます。


 実際にはジャンケンやくじ引きで決める訳ではありません。それぞれの群の年齢や性や他の条件(血圧、血糖値、肥満度、喫煙習慣など)が同じ様になるようにコンピューターで無作為(ランダム)に割り付けます。これらは患者さんへの事前の説明と明確な同意のもとに行う必要があります。


 次に、治療を受けているかどうかを「患者さんには分からない」ようにします。これを「盲検試験」といいます。「よく効くので飲んでみたい」と思っている薬(治療)があったとします。しかし、無作為試験のため治療を「受けられない」側に選ばれました。患者さんは治療が受けられないから病状が悪化したと思うかもしれません。また、症状を過大評価してしまうかも知れません。これもバイアスです。


 さらに、患者さんが治療を受けたかどうかを、治療をする「医師にも分からない」ようにする必要もあります。もし、医師側にその患者が治療を受けているかどうかが分かっていると、効果判定に先入観が入るかもしれません。例えば、この薬は「効く」と医師が考えていた場合、その薬を使った人の症状を軽く判定するかもしれません。これもバイアスです。それを避けるため治療者(医師)にも分からないようにします。これを「二重盲検試験」といいます。


 臨床試験では無作為二重盲検試験が最も科学的な研究方法です。しかし、それには莫大な時間と費用が必要です。また、日本人の考えた方や価値観からは「無作為」という考え方はなかなか受け入れ難いようです。

 コレステロール値が高く動脈硬化を原因とする心筋梗塞の危険性が高いと分かっている人に、「あなたはくじ引きで外れたから『薬を使わずに6年間経過を見る』ことになりました」と言えるでしょうか? もし、あなたがそのように言われたら? その提案や決定を素直に受け入れることができるでしょうか?


 残念ですが、J-LITは「無作為」でも「盲検試験」でもありません。また、実際のところ現在まで「コレステロールとスタチン系薬剤とその働き」などに関する介入試験で、信頼のおける無作為二重盲検試験はおろか、無作為試験も日本には存在しません。

おわりに

私たちはどちらを信じたらよいのでしょうか?

 ご安心ください。2010年の少し前頃からスタチン系薬剤の長期使用により「冠動脈疾患の発生や総死亡の減少効果がある」という確かな研究結果が世界から発信されています。また、従来と比べてより科学的な方法で、「がん」の発生やそれによる死亡の抑制効果があるという証拠も出始めています。


 冠動脈疾患に対するスタチン系薬剤によるLDL-C低下療法の2次予防効果は既に証明されています。したがって、現在では少なくとも2次予防に関する無作為試験は人道上の観点から実施できなくなっています。これらについてはまたの機会に触れたいと思います。

  目次  戻る  次へ

CONTENTS