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なぜ、食べるのを止められない?

2014年2月号

食べだすと止められない

 チョコレートやクッキー、ポテトチップ。あなたの大好物が目の前に置かれています。やがて、あなたはこのうちどれかを食べ始めます。一口食べただけで、残りを食べずにいられるでしょうか?

 ほとんどの人は無理ではないでしょうか? 4分の1位? 半分? ある人は全部食べてしまうかもしれません。さらに、これで火が付いて別の袋に手が出るかもしれません。

 美味しい食事やおやつは、ついつい食べ過ぎてしまいます。何故でしょう?

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砂糖や脂肪には依存性がある

 アルコール、麻薬、ニコチン(たばこ)やある種の薬物には依存性があります。同様に、美味しい食事やおやつにも依存性があります。チョコレート・クッキー・ポテトチップスなどは「食べだすと止められず」ついつい食べ過ぎてしまいす。

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なぜ砂糖や脂肪には依存性があるのか?

 かつて私たち人類は動物の狩猟、根菜類・ナッツ・果物の採集により食糧を得ていました。その当時は常に食糧が手に入るとは限らない厳しい生活環境でした。

 チョコレートやクッキーには砂糖、ポテトチップスは油(油脂)が多く含まれていて、いずれも高カロリーの食べ物です。もし、当時これらの食べ物があったとしたら、ヒトが生き延び人類が存続するためには、さぞかし好ましい食べ物だったでしょう。高カロリーの食べ物は脳の「報酬系」を刺激します。

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報酬系とは?

 報酬系とはヒト・動物のにおいて、気持ちよい(快感)と感じた時、またはそれが期待できそうと感じた時に活性化される神経回路システムのことです。脳はその「快感」という感覚を条件反射の様に記憶し、また同じ快感が得られる様に同じ行動を繰り返すようになります。これを動機づけといいます。

 私たち人類は何百万年に渡って、この「快感」に反応するよう進化してきたと考えられています。その様に反応することはヒトの生存と人類の存続に有利であったからでしょう。

 例えば、私たちは食べ物を見つけ「食べる」ことで報酬系が刺激され満足感(快感)を得ることができます。そして、この快感は食べ物を「見つける」という実際の行動を起こすきっかけになります。もしそうでなければ、私たちは食べ物を手に入れるために積極的な行動をする理由がなくなってしまうでしょう。それは、ヒトの死を意味します。「食による快感」は個体維持の根源的なシステムと言えます。

 同様に、生殖行為も非常に強力に「快感」を刺激します。もしそうでなければ、私たちは子孫を残すことができず、人類は滅亡してしまうでしょう。「性による快感」は人類の存続の根源的なシステムと言えます。

 この様に報酬系システムはヒトの生存と人類の存続に必要不可欠なものだと言えます。それゆえ、強固なものである必要がありました。

 アルコール、麻薬、ニコチンなどの薬物はその薬理作用により、この報酬系を直接的に乗っ取り、益々その薬物を摂取するように仕向けます。そして依存症という病的な状態を作り上げます。アルコール依存症、麻薬依存症、ニコチン依存症などです。

 砂糖や脂肪を多く含む高カロリー食は、これらの薬物と同様に容易に脳の報酬系を乗っ取り、過食へと私たちを駆り立てます。

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報酬系システムとドーパミン

 脳の報酬系システムのカギはドーパミンです。ヒトが気持ちよい(快感)と感じた時、またはそれが期待できそうと感じた時に分泌される脳内物質です。砂糖や高脂肪の食べ物はドーパミンの放出を増加させます。ドーパミンは摂食中枢(*)を刺激し、レプチン(*)などの食欲抑制機構の働きを圧倒してしまします。

 自分の好物を見る、美味しそうな匂いを嗅ぐ、食事を始めると余計に食欲が出てくる、お腹一杯に食べた後でもデザートは別腹として食べることができる。これらはドーパミンの働きによるものです。

 

摂食中枢:脳の奥深くにある視床下部にある食欲をコントロールする中枢。摂食中枢は「もっと食べろ」との指令を出す。逆に、満腹中枢は「もう食べるな」という指令を出す。

レプチン:脂肪細胞から分泌されるホルモン。脳の視床下部に作用して満腹感を感じさせ摂食を抑える。また、エネルギー消費を亢進させ、体重を適正に保つ働きがある。

肥満者の脳の報酬系は?

 最近、肥満者の脳の報酬系は食べ物に対する反応が鈍くなっていることが示されました。報酬系の反応が低下しているため、食事をしてもなかなか満足感が得られません。その結果、「より美味しいものを、より大量に食べる」ことにより満足感を得ようとします。即ち、悪循環に陥ってしまう訳です。

 このように、肥満は単に自制心の欠如で引き起こされる訳ではなく、その人にとって好ましいと思える食べ物に脳の報酬系が乗っ取られることにより生じることが分かってきました。

薬物依存症患者の脳はドーパミンD2受容体の数が少ない

 麻薬やアルコールなどの薬物を乱用すると、感情や記憶などを司っている脳の辺縁系(扁桃体、海馬、視床下部など)に特有な機能異常が生じるとされています。また思考や創造性を担う脳の最高位の中枢とされている前頭葉にも機能異常が生じます。最近の研究では、その原因が「ドーパミンD2受容体の減少による」ということが分かってきました。

 ドーパミン受容体とは脳内快楽物質であるドーパミンが結合しその信号を受け取るところです。現在までにその受容体は少なくとも5つあることが分かっています。その受容体の種類によりそれぞれ特有の作用が発現します。そのうちの一つドーパミンD2受容体は前頭葉の前頭前皮質に働きかけ過度の興奮を抑える働きがあります。例えば、「食べ過ぎたから、もうこの辺で止めておこう」とか「昼間から酒を飲むのはよくない」などと抑制的な働きをしています。前頭前皮質の機能が低下すると、これら抑制的機能に歯止めが利かなくなってしまいます。

 また、眼窩前頭皮質の機能障害をきたし同じ行動を繰り返すようになります。例えば、喉が大変渇き1リットルの水を飲みほしたとします。その後、目の前に1リットルの水が置かれても通常はもう飲みません。しかし、眼窩前頭皮質の機能が障害されると、それまでの行動を変えられず、いつまでも水を飲み続けるようになります。

 薬物依存症患者はドーパミンD2受容体が少なくなっているため、前頭前皮質や眼窩前頭皮質に機能異常が生じ薬物の乱用を続ける訳です。

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肥満の人と薬物依存症患者の共通点

 最近、肥満者の脳は薬物依存症の脳と同じように、ドーパミンD2受容体の数が少なくなっていることが分かりました。病的な肥満の人の「食べ過ぎを止められえない」という症状はこれらの薬物依存症と非常に似ています。健康上の大きな犠牲を払う必要があるのに食べるのを止められないのです。薬物依存症患者が薬物を止められない様に、極度の肥満者は砂糖や脂肪たっぷりの食べ物を見ると歯止めが利かなくなり食べ続けてしまいます。甘いものや高脂肪の食べ物が「なぜドーパミンD2受容体の数を減少させるか?」については諸説がありますが、今のところよく分かっていません。

( ⇒  コラム)

ヒトはもともと「いやしく」作られている

 かつて、私たち人類は常に食糧が手に入るとは限らない厳しい生活環境でした。餓死してしまう人もいました。そこで、私たちヒトの脳は「おいしくて高カロリーの食物」を見つけると、たとえお腹がすいていなくても、食べて脂肪としてエネルギーを蓄える様にプログラムされました。このプログラムは「飢餓遺伝子」とも呼ばれています。食べ物が貴重な時代ではこのプログラムはヒトの生存と人類の存続には必要不可欠なものでした。

産業革命以来ここ200年位前から食べ物が比較的自由に手に入るようになったと言われています。そして、ここ40~50年位前から飽食の時代に突入しました。冷蔵庫の中の溢れんばかりの食べ物、ジャンクフード。40~50年というのは数百万年という人類の歴史から見ると、ほんの一瞬のことです。この一瞬の間にヒトの生存と人類の存続にとって有利であったプログラムを変えることは不可能 です。

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砂糖・脂肪・ジャンクフード、恐るべし!

 私たちヒトはもともと「いやしく」作られています。「もっと食べろ」という神経回路(飢餓遺伝子)は、この飽食の時代では逆に「肥満遺伝子」として作用するようになりました。砂糖や脂肪、ジャンクフードを甘く見てはいけません。油断していると脳の報酬系を乗っ取り、もともと「いやしい」脳に命令します。
「もっと、もっと食べろ。食べ続けろ!」

コラム

 2013年3月29日 過食によって肥満になる人の脳内の分子経路が、麻薬中毒者のものと同じだとするラットによる実証研究が、28日の米科学誌ネイチャー・ニューロサイエンス(Nature Neuroscience)電子版に発表された。

■米フロリダ州のスクリプス研究所のポール・ケニー(Paul Kenny)准教授の研究チームは、脳内の報酬系の過剰刺激が快楽物質の中毒状態を引き起こすとの仮説を裏付ける実験結果だとしている。

 研究チームはまず、ラットにベーコンやソーセージ、チーズケーキなどの高脂肪、高カロリーの餌を与え劇的に太らせた。この「ジャンクフード」ラットは、通常の餌を与えられていたラットの2倍のカロリーを摂取するようになり、電気ショックを与えてもえさを食べることを止めず、食欲のコントロールができなくなってしまった。

■D2受容体の活動低下がカギ

 肥満ラットが中毒的な行動を示したことを確認した後、研究チームはこのラットの脳内で何が起きているのかを調べた。研究チームは、セックスや食事、麻薬摂取などの快楽的な経験によって放出される神経伝達物質ドーパミンを受け取る、いわゆる「ドーパミン2(D2)受容体」に注目した。

 これまでの研究では、コカイン中毒者の脳内ではドーパミンが大量に放出され、D2受容体が過剰に刺激されていることが明らかになっている。

 過剰な刺激を受けた体は、D2受容体の活動を低下させて適応しようとする。この結果、脳内で快楽物質が摂取される「報酬反応」が徐々に悪化していく。コカイン中毒者の場合、報酬の無い状態を避けるためコカインの刺激をより頻繁に必要とするようになる。

 研究チームは今回、麻薬中毒者のD2受容体で起こる変化と同様の変化を、「食事中毒」ラットで確認した。

 研究結果については今後ヒトでの実証が必要となるが、前年10月の学会で初期段階の報告がされた際には、肥満の人々からは「甘いものや高脂肪の食べ物に夢中になるのは一種の中毒だ」との自分たちの主張を裏づけるものだとして多くの賛同を得ている。

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主な参考文献

  • J.S.フライヤー/E.マラトス.フライヤー なぜ太ってしまうのか 
  • 日経サイエンス 2007年12月号
  • ノラ・ボルコフ 過食を生む脳 日経サイエンス 2007年12月号
  • ノラ・ボルコフ 「食べすぎ」のメカニズムは、薬物依存とよく似ている 
  • ニュートンプレス 2014年2月号
  • P.J.ケリー 食欲の暴走 日経サイエンス 2013年12号
  • 井村裕夫 進化医学からわかる肥満・糖尿病・寿命 岩波書店 2008
  • 井村裕夫 進化医学 ヒトへの進化が生んだ疾患 羊土社 2013

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